コラム

【管理栄養士の体験記】フリーランスになる前のこと~福祉施設栄養士~

 

ご訪問いただきありがとうございます。
管理栄養士/フードコーディネーターの吉田由子(@d_table445)です。

この記事は

フリーランスーになる前のこと~食品メーカーPR 

のつづきになります。

現在は、思春期真っ盛りの子育てをしながら管理栄養士として働いていますが、
すっちゃかめっちゃかな私の過去を、何かの参考に(安心材料に(笑))していただけたら幸いです。

同時に、私自身も普段あまり振り返ることのない(というか年々記憶が薄れていっている過去を改めて見つめなおすことができるいい機会かなと思って書いています。

ちなみに、今から20年前以上前の話(1990年代後半)です。
時代背景は、バブルがはじけて訪れた就職氷河期の初期のころ。
個人がホームページを持っていることが珍しく、スマホもブログもTwitterのようなSNSもまだありません。インターネットは徐々に普及し始めていましたが、電話回線を使っていたので油断するとものすごい金額の請求がきた時代です。

福祉施設栄養士

さて、最初の職場「食品メーカー」を退職した後、
私は、満を持してフードコーディネーターのスクールに通うことにしました。

それと同時に、新しい就職先を探しました。
条件は、フードコーディネーターのスクールに通うことを前提にしたもので、
正社員ではなく、契約社員やパート、アルバイトのような働き方で、

~栄養士で残業がなく、できるだけ大阪市内に近い場所・・・♪~

「そんなもんあるか!」という条件でしたが、なんとあったんです(笑)

母校の先生からの紹介だったのですが、「公立の福祉施設の栄養士」という情報のみで、「詳しくは面接に行っらわかるから。」とのことでした。

面接に行ったら、そこは生活保護を受給されている方が、
社会復帰を目指すために一時的に寝泊りする施設でした。

産休をとる栄養士さんの代替ということで契約は1年間。
仕事の内容は、献立作成、発注、検品、衛生管理、監査の対応、嗜好調査とのことでした。こちらの施設では、献立の組み立て方や栄養価の計算、発注、監査対応を経験しました。

栄養士としてのオーソドックスな業務内容でしたが、
特殊だったのは、施設を利用されている方がここには書けないような事情の方が
大半だったこと。当時20代前半だった私は、ケースワーカーさんから

「絶対に利用者さん関わらないように。」
「また、施設の中をひとりで歩かないように。」という注意を受けていました。

施設の職員さんは、ケースワーカーさんや臨床心理士さん、看護婦さん、調理師さんなど
いろいろな職種の方がいて、皆さんとても親切でそれぞれの職域のことを教えてくださいました。

パソコンに詳しい方がいたので、ここぞとばかりに休憩時間にノートパソコンを持ち込んで、当時まだ普及したばかりのWindows95のことやインターネットのこと、ホームページの作り方などを教えてもらっていた記憶があります。
このことも、後に私を助けてくれました。

食べることは生きること

この施設で印象に残っているエピソードがあります。

真夏のある日、私が仕事を終えて帰ろうとしたとき、目の前にガリガリに痩せて、
真っ黒に日焼けした男の人が突然現れて、

「ねえちゃん!!!!!パンおくれ~~~~~~~~~!!!」と叫んで、
 そのままバターーーーン!!!!と倒れたんです。

後にケースワーカーさんにこの方の事情を聴くと、仕事と家とお金を失い、ここに来れば
何か食べさせてもらえると思って、岡山県から大阪府までほとんど飲まず食わずで
自転車で数日かけて来たということでした。

私は、頭ではわかっていたつもりだったけれど・・・

「食べることは生きること。食べなければ人は死んでしまう。
仕事を失えば食べることができなくて死んでしまう人もいる。」

という現実を、この時目の当たりにしました。

福祉施設に勤務して良かったこと

こちらの職場では栄養士としての経験はもちろんですが、いろいろな人の生き様の一端を見たり聞いたりしたことで、自分の足元にあるものを大切にして生きることの大切さを学んだ貴重な1年間だったと思います。

つづく・・・

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